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言葉選びに迷ったら「文豪たちの悪口本」ワードセンス溢れる文豪の世界

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ライティングをはじめて約1年。

色々な記事を書いてきましたが、書けば書くほど行き詰まるのが、「言葉選び」。

何か対策はないかと考えていたときに出会ったのがこの本でした。

文豪と呼ばれる大作家たちは、悪口を言うとき、どんな言葉を使ったのだろうか。

川端康成に「刺す」と恨み言を残した太宰治、周囲の人に手当たりしだいからんでいた中原中也、女性をめぐって絶交した谷崎潤一郎と佐藤春夫など、文豪たちの印象的な悪口エピソードを紹介しています。

出典:彩図社

太宰治の、芥川賞への執念を込めた手紙から、ぶっ飛びエピソード満載の中原中也、好きな女性をめぐっての手紙合戦などなど、文豪たちの人柄もわかる楽しい本でした。中でもお気に入りを抜粋します。


 

ペンは剣よりも強しな「太宰治」

愚痴のようなものを綴った「悶悶日記(もんもんにっき)」はネガティブ全開です。

早速、こんなエピソードから始まります。

郵便受けに、生きている蛇を投げ入れていった人がある。憤怒。(悶悶日記)

郵便受けに蛇が入っていてイライラしている様を、ここまで流れるような言葉で綴れるのは素晴らしい。

投げ入れていた 人がある。憤怒。

7・5・3。このテンポの良さ。

また、

自分で生活費を稼ごうなど、ゆめにも思うたことなし。このままなら、死ぬよりほかに路がない。(悶々日記)

ゆめにも思うたことなし。

後日、太宰の姉から「何時も御金のさいそくで私もほんとに困って居ります。御金は粗末にせずにしんぼうして使わないといけません。」という手紙ももらっています。金使いの荒さに加え、自分では稼ぐつもりはないと断言している様には、思わず爆笑してしまいました。

しかし、その後小説を書き上げた太宰は、友人への借金を返せると喜んでいるエピソードもあり、健気な一面も見せています。

太宰は芥川賞への憧れも強く、候補作にも選ばれていたものの結局賞をとることはありませんでした。川端康成の、「鎮痛剤中毒の太宰は芥川賞にふさわしくない」という発言もあり、それに対して太宰はこんな言葉を向けています。

小鳥を飼い、舞踏を見るのがそんなに立派な生活なのか。刺す。そうも思った。大悪党だと思った。(川端康成へ向けた、芥川賞への執念)

刺す。のパワーワード。

本人に直接悪口を言うエピソードは聞かないものの、筆を持つと強くなる太宰。志賀直哉に向けてもブチ切れた文章を載せています。

おまえの「うさぎ」には、「お父さまは、うさぎなどお殺せになさいますの?」とかいう言葉があった筈で、まことに奇異なる思いをしたことがある。「お殺せ」いい言葉だねえ。恥しくないか。

志賀直哉への恨み節はとどまることなく、本書では、13ページにも及ぶ悪口が書かれています。よくもまあ非難の言葉をこれだけ書けるもの。

詩人は悪口まで語彙力の塊・ロックな「中原中也」

詩人、中原中也。喧嘩には強くないが、捨て台詞を吐いたり、人に絡むことが多かったようです。初対面の太宰治に向けてはこんな言葉を放っています。

何だ、おめえは。青鯖が空に浮かんだような顔をしやがって。

青鯖が空に浮かんだような顔

なんだか想像つきますよね。ぽかんとしている様。ああ、上手いこと言うなぁとしみじみ思いました。

このとき太宰は、中原中也のことを尊敬していたので萎縮してしまい、そのあと好きな花を聞かれた太宰は泣きそうになりながら「モモノハナ」と答えるも、「チェッ、だからおめえは。」と言われてしまいます。かわいそう。

中原は酔うと太宰の家へ行き、バーカーバーカと低俗な言葉でいじめるのですが、太宰は布団にくるまって泣いていたといいます。

からむ中原。泣く太宰。

そんな太宰は、中原のことを「なめくじみたいにてらてらした奴で、とてもつきあえた代物ではない」と言っています。

とにかく口が悪い中原中也ですが、さすが詩人です。言葉のチョイスが素晴らしい。

やい、ヘゲモニー(坂口安悟に殴りかかったときに放った言葉)

ヘゲモニーには、権力者という意味があります。中原が想いを寄せていた子が、坂口を好いていたことに腹を立ててこの言葉を放ちますが、とうの中原は大柄な坂口を怖がり、近くには寄らなかったそう。

殺すぞ。(飲んでいたときに中村光夫の頭をビール瓶で殴ったときに放った言葉)

太宰の「刺す。」に続いて出たパワーワード「殺すぞ

これは飲み会の席での発言です。本当に殺すつもりはなかったものの、友人が「卑怯だぞ!」と怒鳴ると「俺は悲しい」と泣き叫びました。

また、中原は29歳のときNHKの面接に行くも、経歴を詩生活としか書かなかったことに突っ込まれ、「それ以外の履歴が私にとって何か意味があるのですか」と答えています。当然、不採用。その後は仕送りのみで生活し、働こうとはしませんでした。

太宰を非難する「志賀直哉」

太宰は志賀直哉に反発心を持っていました。それを知っていた志賀直哉は太宰に向けて非難の言葉を向けています。

とぼけて居るね。あのポーズが好きになれない。

志賀直哉は太宰の作品を酷評すると、太宰も激怒。続けて志賀直哉に向けて恨み節を綴りました。

「夏目漱石」が妻へ向けた言葉

「吾輩は猫である」や「坊ちゃん」などの代表作を生み出した夏目漱石。穏やかな人なんだろうと想像していましたが、実際は癇癪持ちだったそう。特に妻、境子に向けた言葉

お前はオタンチノパレオラガスだよ

オタンチノパレオラガス。

もう意味が分かりません。

間抜けを意味する、東ローマ皇帝コンスタンチン・パレオロガスと、おたんちんという言葉をかけたこの言葉。漱石のお気に入りだったようで、吾輩は猫であるにもフレーズとして記載しています。

名前を間違われたことに腹を立てる「菊池寛」

「文藝春秋社」の創設者でもある菊池寛と、作家、永井荷風はとても仲が悪かったといいます。まずは自分の名前を間違えた永井荷風への恨み節。

自分の名前を書き違えらえるほど、不愉快なことはない自分は、数年来自分の姓が菊池であって、菊地ではないことを呼号しているが、未だに菊地を誤られる。

また、永井荷風も菊池の噂を聞くたびに罵倒し、世間の悪化の原因は菊池にあるとまで書きなぐっています。お互いがお互いのことをこれまで嫌うというのはなかなかのもの。

もう、一周回って好きなのでは?

1人の女性を巡って手紙合戦をする「谷崎潤一郎」と「佐藤春夫」

直接言えばいいものの、それができないのが彼ら。

最初は谷崎が佐藤に対し、直接会って話そうということを切り出すも、佐藤はこんな手紙を谷崎に送っています。

折角だが、僕は君の家へ行って、君と言葉で腹蔵なく話合うことは忌避する。その理由は、僕はおしゃべりにも似合わず、激してくると言葉で心が表現できなくなる。しどろもどろになる。君は言葉尻をとることの上手な人だ。揚足もとる人だ。(それを僕は別に大して非難はしない。一種の才能だと思う。)

会話って手紙とは違い、瞬発力が求められます。とくに喧嘩だと。

佐藤は自分が言い返せないことを危惧し、会わずに手紙でのやりとりを希望。しかし、谷崎には「一種の才能だと思う。」というフォローの言葉も入れている。

それもそう。じつは2人は元々親友。

1人の女性を巡るまでは仲の良い友人だったものの、このことがあってからは絶交してしまったといいます。

この手紙にもセンスを感じるのがテンポ感。

・表現できなくなる。しどろもどろになる。
・言葉尻をとることの上手な人だ。揚足もとる人だ。

文末が重なることはあまり良くないとされていますが、このテンポ感の良さ。

はー、こういう言い回しをしたら違和感なく文章をつくれるのか、と、ただただ感心してしまいました。

この手紙は5月末~6月末の約1ヶ月の間に、11通も続きます。

終わりにかけてだんだんヒートアップしていく文面。最後には谷崎が佐藤に向けて

僕はこの手紙を、君に恥をかかせるつもりで書いた

とまで残しています。

その後、なんとか関係は修復。2人の間で取り合いとなった女性、千代は佐藤と結婚しています。

文豪たちは悪口までセンスのかたまり

最初わたしはスタバでこの本を開いたのですが、初っ端から面白すぎて笑いをこらえるのに必死になりました。外、特に電車の中で読むことはかなり危険です。

悪口の内容は過激なものも多いですが、言い回しや言葉選びのチョイスはやはり文豪。センスのかたまりに溢れていました。言い回しだけではなくテンポの良さ。ただ読むだけではなく、言葉選びに迷ったときに読むと、何か得られるかもしれません。